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2009年1月21日 (水)

海の向こうの指導者に沸く日に

(翌日記です)
14日からこの日まで、北海道にいました。
前半は業務上の出張で、後半は休暇でした。

連絡を差し上げられなかった方々には申し訳なかったのですが、
昨年逝去した祖父の一周忌の法事と、
昼間は十年来の癌との付き合いで、
遂に床に伏せってしまった叔父を見舞っておりました。

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叔父。
これまでことごとく頼っては結果を出してきた抗癌剤も
転移先の腫瘍には効果なく、
実験台として臨床試験に参加した遺伝子治療の
成果も現れることなく治療を断念。
腹をくくって余生を過ごすことになった。

クリスマスに状態が悪化していよいよ入院、
年越しも一時は危ぶまれましたが、
「年越しの仕事が明けたら顔を見に行きたい」
と話した私に、母の返事は
「父の一周忌を挙げることが生きがいになっているから
 気持ちを途切れさせるかもしれない見舞いはしなくていい」
と。年初の渡航を断られた。

8日頃、食事ができなくなると、高熱とともに危篤に。
翌々日絵文字だらけの腹立たしいメールが母から届き、
真意を聞こうと電話すると、
「すぐに帰ってこれないのかい」
涙声。
勝手なもんだ。
代えのきかない仕事です。もう日程の変更は無理です。

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叔父、普段は寡黙だが時折みんなを大笑いさせるユーモアがある。
家業は農業経営。
考え方に一本筋が通っており、
多すぎる親戚筋(かつては80人以上いた)の意見が割れ始めると
一言で方向性を統一できる指導力を見せることがあった。
少なからず影響を受けた。

参加を決めて休暇をとった法事の日までは
意志の力で持ちこたえるだろうと、
勝手な期待をするしかなかったが、
まさにそういう状況になった。

10日を過ぎた頃から血中のあらゆる数値が、
「もう生きている状態ではない」
「なぜこの状態で生きているのかわからない」
…と医者は話すほどだったそう。

法事の18日。
仕事を済ませた後に親戚宅に向かい、
叔父のいない座敷で坊さんの念仏と煩悩だらけの説教、
25分も正座して、しびれる足に、こりごりの信心なし。

見舞ったのはようやく19日。
並べて覗き込んだ東京在住の私と群馬から駆けつけた
いとこの二人の顔は、
痛み止めの麻酔の甲斐あって朦朧とする意識の中で、
何とか開けようとする眼の一瞬の開きで、
どうやら認識できたようだった。

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帰京する21日の朝、母の声で3時に起こされた。
日中は最後の見舞いを予定していたが、
急激な血圧低下で、病院に向かう時間が早まった。
鉄道も地下鉄もまだ動いていない。

凍結路面の運転に自信のない母。
わずか1時間前まで一人晩酌を続けていた、
酒臭く、だらしない父。
残り2ヶ月で定年退職になる役人の父を
今、流行りの懲戒免職にするわけにもいかないので、
ハンドルそのものを1年半握っていない私が運転。
自動車ですが操業は自転車です…。もちろん免許証はあり。

こういう日に限ってよく滑る。からがら医大病院に到着。

一進一退しながら、小康を保ち、
大勢人が集まった。

昼を過ぎて、遂に私の飛行機の時間が迫ってしまい、
最後に手とむくんでパンパンになった足をさすって、
声をかけることはできずに電車に乗った。

空港に向かう車中母からの電話。
「いま、息を引き取りましたよ」
立ち去ってわずか1時間後のことだった。

合掌。

一昨年の祖母、昨年の祖父に続いて、
臨終を目の当たりにすることなく、
しかし最後の姿に出会えるという、
不思議な体験を続けている。私。

いつも最後の「意識のあるとき」に会えている幸運から
後悔の念に駆られるようなことは、ない。

1ヶ月を過ぎて、まだ二重まぶたが戻らない私の眼とともに
奇妙不可思議。

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久しぶりの顔ぶれがそろった札幌、業務上の飲み会の席で、
二重まぶたの整形疑惑を指摘されてしまった。

当初片目だったのが両目に進行したのだが、
海外渡航業務のID作成の関係で、
自分撮りした「片目時期」の
デジカメ映像をそのとき披露すると、
「使用中か!」と笑われた。
…天然なんですけど。

朝、ヒゲ剃りの時間に向かい合う自分の顔がまだ別人のようです。

元に戻らないかなあ。早く。

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