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2008年1月17日 (木)

礼を欠く

欠礼(けつれい)

礼を欠くことを指す言葉。
喪に服している時に、おめでたの喜びを慎むとき、
主に年賀状のやり取りを、止める。
予告で「忌中」と書いてしまいましたが「喪中」の誤りでした。
欠礼ならぬ…失礼しました。

さて、ここで「止める」とは。
どうしたものか。

自ら「新年のお慶び」なんかもっての外だが、
いただくのをご遠慮するのってどうだろう。

ネットの「作法」系のサイトを当たればすぐにわかりそうなものだが、
あえてそれは止めにして、ちょっと考察してみることにした。

===模索===

今まで受け取った喪中はがきを漁って見た。
書いてある言葉をそのまま訳すると、
おおむね、以下に分類されるようだ

①年始の挨拶を「遠慮」の言葉で「お断り」するもの

②年始の挨拶ができないことを「遠慮」の言葉で「お詫び」するもの

③「欠礼」の言葉を用いて年始の挨拶ができない「理由を説明」するもの

…まあ、ハガキを出す側として、意味は一緒なのでしょうけど、
私の気持ちとしては少し気になるのです。

 ①そっとしておいてください。(拒否)
 ②ごめんなさい。       (詫び)
 ③すまないね。        (言い訳)

といえばいいのかどうか。なんというか。ふむ。

===苦悩===

祖母が亡くなり、出す側になった。おととしの私。

おおぴらに「お慶び」なんてできませんが、
近況が気になる人の年賀の挨拶を受け取りたい。
礼を失しないやり方などあるのかどうか。

まず「欠礼」いわゆる「喪中ハガキ」。
ニュアンスとしては③の型でしたためて、
「年賀受け取りOK」の気持ちとしたかったのだが、
それぞれの家や土地の
「ならわし」だったり
「宗教観」だったり
「常識感覚」だったりの壁はどうにも高そうだ。
真意が伝わらなかったら、
親バカ満載の写真が私の手元に届くことはないだろう。
一応バカにしているが、それはそれで楽しみ。
正月を越えてハガキを出す習慣の、
だらしない私が、
何日もかけてあれこれ悩んだ挙句…
それでも「お作法」サイトの検索はしない・頑固な私。

珍しく意思を持って決断した結果が

出さない

結局、結果は、いつもどおり。

===で?===

「寒中見舞い」を、松の内が明けてから出すことにした。
まあ、実際には10日くらいだったか。
文面も、また、悩みに悩んだ挙句

 昨年10月26日、祖母が他界しました。
 本来、新年に先立って欠礼のご案内申し上げるべきところでしたが、
 年末年始の挨拶を通じて、ご縁ある皆様のありのままの近況を拝察したく、
 我が服喪の身中を伏せる無礼を承知ながら、
 お慶び・お悼みの便りをありがたく頂戴いたしました。
 身勝手な思いから、遅ればせのご挨拶になりましたところ、
 深くお詫びを申し上げますとともに、
 今後ともご交誼のほど、よろしくお願いいたします。

…として、長々と。
定型文とか、例文集は嫌いなので、
常識知らずなくせに
煩悶しながら文にしてみました。

非常識かもしれないですけど、
白黒のラインでちょっとデザイン。
横書きにして出しました。

===回答編===

今年になって
一年越しで
複数の「お作法サイト」
覗いて見ました。

欠礼ハガキはやはり
「年賀受け取り拒否」のニュアンスが強いこと、
受け取りを希望する場合には、
欠礼を出さずに「寒中見舞い」で
遅ればせの挨拶をするのが適当であること等等、
答えあわせ(?)、ここまではそうズレていなかったようです。

しかし、

血のつながった近親者や縁者以外、
すなわち友人や会社付き合いについては、

普通どおり
年賀のやり取りをしても構わない

しかも
親子や同居の祖父母以外は

特に喪に服す態度で
周囲と接しなくともよろしい

という見解もあるのだそうで。

親しみが無いわけないですが、
同居していなかった祖母。

自力でどこまで常識的な判断ができるか
思考回路が格闘しまくりでした…が

あっさりした結果に
大人の付き合いの無知を
改めて知らせてくれました。

これまたケツレイ。

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